勉強する意味って

わからない。

和達微分積分を進めているが、計算が楽になる以上のことはわからない。
そう、信号処理とかを進めていく上で、そういった計算式が出るから、それを解くために手段として利用するのだ。
ただし、計算でやっている意味はわからない。接線の傾きがわかる?それはわかる。でも、それをして何の意味があるんだろう?

微分積分に関しては、プリミティブには接線なのかもしれないが、応用するにあたってそれぞれの意味を持つんだと思う。
それがわからない。多分、それがわかれば、だいたいわかったことになるだろう。
自分の性格的に、その意味がわからないとやる気が出ないのだが、諦めることにした。

つまり、もう、わかるまでがむしゃらに、わかろうとせずに、手を動かそう、と。
いつかわかる。わからなくても使えればいい。大胆に割り切れば、わかる必要もない。
やらないよりやった方がえらい。

結局、わからないとやらない、というのは、やらないための言い訳だったのかなと思う。
「嫌われる勇気」を読んでそう感じた次第。

今は立ち止まっていることの方が怖い。遠回りでも、興味を持ったことに何でも手をつけて、短い短いこの一日を大事に生きていきたい。

これは2020年の抱負でもあります。

微分積分 (理工系の数学入門コース 1)

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嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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