自分は英語がわからないことがわかった。

自分は英語がわからないことがわかった。 文法力が足りない。どこで主語とか述語とか区切れるのかがわからなかった。 たとえ個々の単語がわかっていたとしても、そもそも文の構造で大意を掴めていないと、不必要な解釈の選択肢が浮かんできて、読み解くのに無駄にエネルギーを使う。

多読派は、こういった初心者には難しい文法項目も、やさしい文章で慣れていけば、いつか理解できるという。 でも、あいにくそんな時間はない。 それに、自信がないことを自信がないまま温めておくのは性分でない。 わからないことをわからないまま読み進めていくのは日本語の文章でも同じだろ?っていうけど、それは違うだろう。日本語でわからない文章は、別に文法でつまずいているのではなくて内容がわからないのが普通だろう。

あれ、多読をdisるつもりではないけどそういう流れになってしまった。 多読の名誉のためにフォローすると、多読でメジャーな文法や単語を多く目にするのはとても効果があると思う。 一般的な英語の型を、肌で感じることができる。 だからいつかは多読に移行したい。

でも、それまでになるべく文法事項でつまずくのは避けたい。 せめて、文の構造を自分で分解できるようにはなりたい。 それができないと、それ以降の自学自習に至れないから…。

とにかく、文法を学ぼうと思い至った。それで、今回は多読という選択肢はとらない、と決めた。 さて、ちゃんと文法を学ぶにはどうしたらいいかな、っていうのが次の悩み。

輝ける闇

自分のなかに魔物を飼っていて、そいつをどうにもできない。 いつか覚醒して、まわりの人を傷つける。 だから、自分は誰かと繋がったり家庭を築くことなどできないと、思っていた。

でもそれは甘えなんだなぁ。目を背けても、魔物が消えるわけでもない。 それなら割り切って折り合いをつけるしかないなぁと。

ぬるま湯に浸かって、何もせずに過ごしてきたから、今更他のことができるでもなし、現状に首の皮一枚繋がっている状況だ。 それならば自分がここにいる理由をまずは全うするか。そして、それとまた別の自分を探し続ける。 片方だけじゃ、希望が持てない。叶うかはともかく、夢だけは見ていたい。

今を生きた過去は消えていく。自分は年をとっていくばかりである。

集中力がほしい

今日は、とても気持ちよく仕事ができた。 いわゆるフロー状態に入った。それは久しぶりのことだった。

また入りたいから、今日の状況とか感覚をメモっておく。

  • 時間は夜遅くなってから
    • 夜型だから?
    • 人が少ないから?
  • 興味のある仕事だった
  • うまくいきそうでいかなくて、少しいらついていた

時間が遅くなってから集中力が上がるのはずっと前からそうだった。 きっと昼の時間帯は夜の半分も出ていないんじゃないかと思う。 これはつらい。いるべき時間に集中できず、いるべきでない時間に集中できる。 昼間に集中できるようにするには…たとえば、早寝早起きして脳のエンジンがかかるのを早める、とかだろうか?

興味のある仕事については選べないこともある。だが、つまらない仕事を興味深くやる方法はあるかもしれない。

うまくいきそうでいかなくてイライラ、これは少し難しい。 イライラすることで近視眼的になってしまい、結果的に非効率な手段をとってしまうことも結構あるからだ。 だが集中という観点から考えると、うまくいかないから別の手段をとる、そういう試行をたくさん行うことで、集中力にドライブがかかっているのかもと今日感じた。 それはある意味近視眼的だからできることで、Aがうまくいかなかったら近いA'の手段を即座に試してそれもダメだったらA'‘。 作業をひっきりなしにやる下地があった。 じゃあどうすればいいか?作業を小さな作業に切り分けてガスガス進めていくのがいいんだろうなぁと思う。 けど、作業を切り分けるのが難しいんだよなぁ。作業をやる前からそんな予想できないよ。 じゃあせめて、今やっている作業は想定内か想定外か、想定外だとすると道にそれていないか、つまり意味のない作業をしていないか、意識する。それなら、この作業は間違っていない、気合い入れてやっていいんだ、と理解して集中を促すことになるかもしれない。

たくさんの作業を用意しておく、というのはGTDの考え方だなぁ。理解はできるが続けられない。だから、上に書いたことも自分で納得しつつも実際に行うのは難しいだろうと考えてしまう。

どうしたものか。仕事をどう進めていったらいいんだろうな。

another world

それなりに大きな街に住んでいる。 終電での帰りになってしまったのだが、おなかがすいてしまったので、24時間営業のファーストフード店に寄った。

そこは異様な光景だった。

屍、屍、屍。

みんな、テーブルに突っ伏して寝ている。食事をしている人などいない。 老若男女、さまざまな人びとが、休息をとっていた。 そうか、それもそうか…。ここは、終電をなくした人の最後の居場所なんだ。

この街に住んで長くなるが、初めて知った。盲点だった。 自分の知っている世界はまだまだ狭い、そう感じた。

よどんだ空気のなかで食事をするのは不快だったが、先人にとっても、この時間に食事をされるのは不快であっただろう。 食べ物を流し込み、逃げるように立ち去った。 味はよくわからなかった。

済んだ外の空気に癒された。人通りの少ない道を選んで歩いた。

わたしはここにいます

わたしはここにいます。

逃げたり、隠れたりしません。

ずっと待っているから、

本当のあなたを見せて。

いのちの数だけ輝きがある

他人の嫌なところが目につくことがある。でも、それがどんなに嫌でも、その人をさげすんだりできないと思う。 さげすむってことはその人自身を否定することになる…

人はそれぞれ意識をもって生きている。意識が全く同じという人はいない。 そう考えると、どんな人にも人生の積み重ねがあって、それは自分の人生とくらべられないし、等しく尊重されるべきものだと思う。

こんなことを考えるようになったのはごく最近。年をとったということか…。 昔は、嫌いな人はみんな死ねばいいみたいに思っていたから。

その人はその人の良いところがある。あるできごとを表面だけ見て短絡的に判断してしまうのは、きっともったいないこと。 そう考えていくと、まわりの人はみんな輝いているな、と思う。 自分も自分の輝きを見つけたい。一つの輝きを強めるのと、まだ輝いていない部分を磨くこと。

人生は時間制限がある。その中でなにができるかな。 まず、自分の積ん読さえ読み終えるのはいつになることやら…? とにかく、自分が輝く選択肢を大事に選んでいきたい。輝けるかどうかは、自分の心でわかってる。自分にうそをつかない。

堕落

酒を飲まないとやってられない気持ちに。風呂も長風呂し、気付けば完全にやばいレベルの夜更かし。 堕落だ。心に負荷がかかったとき、堕落に逃げる。